入浴動作が怖い理由|お風呂を自分でまたぐコツを理学療法士が解説
2026.08.10
健康について
💡 この記事について:本記事は一般的な健康情報の提供を目的としています。個別の診断や治療の代わりにはなりません。痛みや不安がある方は医療機関にご相談ください。
「お風呂が、いつの間にか怖くなった」。そんな声を現場でよく聞きます。
実は、家庭の浴槽でおぼれて亡くなる高齢者は、交通事故死の約3倍にのぼります2。
理学療法士として多くの方を見てきて感じるのは、これが「年のせい」では片づかないことです。入浴動作は、家の中で最も難しい動作のひとつなんです。
この記事では、なぜ入浴動作が怖くなるのかを動作の視点で解きほぐします。そのうえで、自分でまたぐためのコツをお伝えします。
入浴動作はなぜ「家で一番危ない動作」なのか

少し驚く数字から始めます。令和5年に浴槽でおぼれて亡くなった高齢者は6,541人です1。
溺死した高齢者のうち、約8割が入浴中の事故とされています1。同じ年の高齢者の交通事故死は約2,116人でした2。
つまり、浴室は道路より危ない場所になりうるのです。なぜ、慣れたはずのお風呂がそこまで危険なのでしょうか。
濡れて滑る・狭い・段差が多い
浴室には、転倒を招く条件がそろっています。床は濡れて滑りやすく、空間は狭く、浴槽には高い縁があります。
健康長寿ネットによると、住宅内の転落事故は階段に次いで多くの場面で起きています5。浴室もその一つです。
急な立ち上がりで血圧が下がる
浴槽の中では、体に水圧がかかっています。そこから急に立つと、水圧が抜けて血圧が下がります2。
その結果、立ちくらみやめまいが起きることがあります2。ふらついた瞬間に、転倒や溺水につながるのです。
またぎ動作を理学療法士が分解する
ここからがタネ明かしです。「浴槽をまたぐ」は、見た目以上に高度な動作なんです。
またぐ瞬間、私たちは片足立ちになります。もう一方の足を、高い縁を越えて運ぶからです。
この片足立ちの一瞬に、全体重が片脚へ集中します。同時に、上げた脚を前へ運ぶ筋力も必要です。
片脚立ちのバランスが鍵になる
またぎ動作の難しさは、支える面が一気に狭くなる点にあります。両足なら広い面で支えられます。
しかし片足立ちでは、支える面が足の裏ひとつ分に縮みます。ここで体の揺れを抑える力が試されます。
現場では、立位より「またぐ瞬間が怖い」と話す方が多い傾向があります。バランスへの不安が、動作全体を硬くしてしまうのです。
出るときは「しゃがむ力」が必要
浴槽から出る場面も難所です。低い底から立ち上がるため、深くしゃがんだ姿勢から体を起こします。
このとき太ももの前の筋肉が、ブレーキとアクセルの両方を担います。筋力が落ちると、ここで「立てない」が起きます。

入浴動作が衰える3つの原因
「またげない」の背景には、いくつかの要因が重なっています。主な原因を3つに分けて整理します。
原因1:脚の筋力が落ちている
またぐには、片脚で全体重を支える力が要ります。お尻と太ももの筋力が落ちると、ここがぐらつきます。
筋力は、使わない期間が続くほど落ちやすい性質があります4。入浴を避けるほど、さらに衰える悪循環に入ります。
原因2:バランスを保つ力が低下している
片脚立ちの瞬間、体は前後左右に揺れます。この揺れを足首やお尻の筋肉が細かく調整しています。
加齢や運動不足で、この調整力は鈍くなります。濡れて滑る浴室では、わずかな揺れも転倒につながります。
原因3:股関節や足首が硬くなっている
浴槽の高い縁を越えるには、脚を大きく持ち上げます。股関節や足首が硬いと、この動きが制限されます。
関節が硬いままだと、縁に足を引っかけやすくなります。柔らかさを保つことも、安全なまたぎには欠かせません。
「お風呂を避ける」と起きること
怖いからと入浴を遠ざける方は少なくありません。けれど、避け続けると別の問題が生まれます。
入浴は、清潔を保ち、血流を促す大切な習慣です。湯につかると気分も和らぎ、睡眠の質にも関わります。
さらに、またぐ機会が減ると脚の筋力はますます落ちます。「避ける」が「もっとできなくなる」を招くのです。
だからこそ、避けるのではなく「安全にまたぐ方法」を整えることが大切です。動作と環境の両面から見直しましょう。
入浴動作を取り戻すセルフケアと環境設定
では、どうすれば自分で安全にまたげるのでしょうか。動作のコツと環境の工夫を分けて考えます。
まず「手すり・滑り止め」で土台を作る
消費者庁は、浴槽から急に立たないことをすすめています3。手すりや縁につかまり、ゆっくり動くことが基本です。
床には滑り止めマットを敷きます。脱衣所と浴室の温度差も、先に減らしておくと安心です3。
またぐ前に「座る・つかまる」を足す
片足立ちが不安なら、無理に立ったままでまたがないことです。浴槽の縁やバスボードに座って動くと安全です。
座った姿勢なら、支える面が広くなります。その分、ふらつきが起きにくくなります。
手すりに片手を添えるのも有効です。支点が一つ増えるだけで、バランスは大きく安定します。

自宅でできる練習メニュー
動作そのものを練習することも大切です。安全な場所で、次の運動を無理のない範囲で試してみてください。
- 壁や手すりに手を添え、片脚立ちを5〜10秒保つ
- 椅子からの立ち座りを、ゆっくり繰り返す
- 低めの台を片脚ずつまたぐ練習をする
いずれも痛みが出たら中止してください。ふらつきが強い日は、無理をしないことが回復の近道です。
股関節と足首の柔らかさを保つ
またぎを楽にするには、関節の柔らかさも大切です。脚を高く上げる動きが、しやすくなるからです。
椅子に座り、片脚をゆっくり持ち上げる運動が手軽です。足首を回す体操も、毎日続けると効果が期待できます。
入浴後は体が温まり、関節が動かしやすい状態です。湯上がりの数分を、軽い体操の時間にあてるのもおすすめです。
練習を安全に進める3つのポイント
セルフケアは、進め方しだいで効果も安全性も変わります。続けるための3つのポイントを押さえましょう。
ポイント1:難易度は少しずつ上げる
いきなり高い浴槽でまたぐ練習はおすすめしません。まずは低い台で、安全にまたぐ感覚をつかみます。
慣れてきたら、少しずつ高さを上げていきます。段階を踏むほど、体は無理なく動きを覚えます。
ポイント2:痛みと相談しながら続ける
練習は「痛気持ちいい」手前で止めるのが基本です。痛みを我慢して続けると、逆効果になりかねません。
翌日に強い痛みが残る日は、量を減らします。体の反応を見ながら、ペースを調整しましょう。
ポイント3:変化が出にくいときは専門家へ
しばらく続けても変化が乏しいことがあります。その場合、動作のクセや弱点が隠れているかもしれません。
自分では気づきにくい点を、専門家は外から確認できます。一対一なら、その人の体に合わせて調整できます。
つまずく一歩手前で軌道修正できるのが、伴走の強みです。安全に前へ進むための、心強い支えになります。
入浴を毎日の練習に変える工夫
特別な運動の時間をとらなくても、入浴そのものが練習になります。毎日の習慣に、少しの意識を足すだけです。
たとえば、またぐ前に深呼吸をして姿勢を整えます。あわてず、一つずつ動作を確認する習慣をつけましょう。
手すりに片手を添え、片脚立ちを数秒保ってからまたぎます。この「ひと呼吸」が、バランスの練習になります。
湯につかる前後に、足首を回す体操を入れるのもよい方法です。体が温まった状態は、関節を動かす好機です。
こうした小さな積み重ねが、またぐ力を保ちます。「入浴=練習」と捉え直すと、毎日が前向きになります。
無理は禁物です。体調の悪い日や、ふらつきが強い日は控えましょう。安全を最優先に、続けられる範囲で取り組みます。
よくある質問(FAQ)
Q. 入浴動作が不安なとき、お風呂はどう入ればよいですか?
A. 急がず、つかまる場所を確保してから動くことが基本です。浴槽の縁やバスボードに座ってまたぐと、片足立ちの不安が減ります。手すりや滑り止めも併せて使うと、より安心して入浴しやすくなります。
Q. お風呂を自分でまたぐ力は、練習で戻りますか?
A. 個人差はありますが、片脚立ちや立ち座りの練習で改善が期待できます。動作は使わないほど衰える傾向があります。安全な環境で少しずつ続けることが大切です。不安が強い場合は専門家に相談しましょう。
Q. 入浴中にめまいが起きやすいのですが、なぜですか?
A. 浴槽で急に立つと水圧が抜け、血圧が下がるためと考えられています。立ちくらみが起きやすくなります。立ち上がるときは手すりにつかまり、ゆっくり動くことをおすすめします。食後や飲酒後の入浴も避けましょう。
Q. 浴室の転倒予防で、まず何をすればよいですか?
A. 滑り止めマットと手すりの設置が、取り組みやすい第一歩です。脱衣所と浴室を温め、温度差を減らすことも有効とされています。環境を整えたうえで、動作の練習を重ねると安心感が高まります。
まとめ|入浴動作は「練習し直せる」生活動作
入浴動作が怖くなるのは、意志の弱さではありません。片足立ち・しゃがみ・血圧変動が重なる、難しい動作だからです。
逆に言えば、動作は練習で取り戻せる余地があります。環境を整え、片脚立ちや立ち座りを少しずつ重ねることです。
とはいえ、一人での練習が不安なこともあります。そんなときは、専門家が隣で見守る環境が役に立ちます。
地味に思えても、生活の動作そのものを練習し直すことには意味があります。専門家と一対一で、無理のないペースで取り組めるからです。お風呂をまたぐ一歩が、毎日の安心につながっていきます。
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本記事は、入浴動作に関する一般的な健康情報を提供することを目的としています。理学療法士の専門的視点から、科学的根拠に基づいた情報をわかりやすく解説していますが、以下の点にご注意ください。
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参考文献
1. 消費者庁. 高齢者の事故 冬の入浴中の溺水や食物での窒息に注意. 消費者庁, 2024.
2. 政府広報オンライン. 交通事故死の約3倍?!冬の入浴中の事故に要注意!. 内閣府.
3. 消費者庁. 冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください. 消費者庁.
4. 厚生労働省. 2022年国民生活基礎調査の概況. 厚生労働省, 2023.
5. 長寿科学振興財団. 高齢者の住宅内の事故(健康長寿ネット). 2024.
6. 政府広報オンライン. 転倒事故の起こりやすい箇所. 内閣府.
執筆者情報
本記事は、リペアルポ(大阪市福島区)の理学療法士が監修・執筆しました。脳卒中・神経疾患・痛みのリハビリに加え、トイレや入浴などの生活動作の練習を、完全マンツーマンで提供しています。