こんにちは。理学療法士として様々な年代の患者さんと接する中で、いつも感じることがあります。それは、普段から運動習慣のある方とない方では、怪我や病気からの回復スピードが驚くほど違うということです。
「先生、もっと若い頃から体を動かしておけばよかった」—リハビリの現場で、この言葉を何度聞いたことでしょう。特に、脳卒中や骨折など突然のアクシデントに見舞われた時、それまでの運動習慣の有無が、その後の人生を大きく左右することを、私たちは日々目の当たりにしています。
でも、逆に言えば、今から運動習慣を身につけることで、将来のリスクを大きく減らせるということでもあります。今日は、日本の運動習慣の現状と、リハビリとの深い関係について、現場で感じていることをお話ししたいと思います。
日本人の運動習慣、実は思っているより少ない現実
まず、現状を正しく知ることから始めましょう。あなたは、日本人のどれくらいが定期的に運動しているか、ご存知ですか?
3人に1人しか運動習慣がない
2023年の調査によると、運動習慣のある人の割合は、男性で36.2%、女性で28.6%しかいません。つまり、約3人に2人は、定期的な運動習慣がないということです。
特に注目すべきは、働き盛りの世代です。30代男性と20代女性で最も運動習慣者の割合が低く、「忙しい」「時間がない」という理由で、運動が後回しになっているんです。
年齢とともに増える運動習慣—でも、それでは遅い?
興味深いことに、運動習慣者の割合は年齢が上がるにつれて増加し、70歳以上では男性46.5%、女性36.5%に達します。
でも、リハビリの現場にいる立場から正直に言うと、「体力が落ちてから慌てて始める」では、効果が限定的なんです。若い頃から少しずつ積み重ねてきた運動習慣がある方は、高齢になってからの回復力が全く違います。
なぜ運動習慣が「リハビリの成否」を左右するのか
ここが最もお伝えしたい核心部分です。
「貯筋」という考え方—筋肉は貯金できる
お金を貯金するように、筋肉も「貯筋」することができます。若い頃から運動習慣によって蓄えた筋肉は、高齢になってからの大きな財産になるんです。
例えば、脳卒中で倒れた時。普段から運動習慣のある方は、ある程度の筋力と体力が残っているため、リハビリを始めた時のスタート地点が高いんです。一方、運動習慣がなかった方は、病気による筋力低下に加えて、元々の筋力も少ないため、二重のハンディキャップを背負うことになります。
「動ける体」が回復を加速させる
リハビリの現場で実感するのは、体の使い方を知っている方は、新しい動作の習得も早いということです。
日常的に体を動かしている方は、「どこに力を入れれば良いか」「どうバランスを取れば良いか」という感覚が身についています。この「体の使い方の知識」が、リハビリにおいて非常に有利に働くんです。
最近の研究では、定期的な運動習慣が認知機能の維持にも寄与し、リハビリにおける学習能力や回復意欲にも良い影響を与えることが明らかになっています。つまり、運動習慣は体だけでなく、脳の回復力も高めてくれるわけです。
運動習慣がもたらす「目に見えない貯金」
運動習慣の効果は、筋肉だけではありません。
心肺機能という土台
ウォーキングやランニングなどの有酸素運動を習慣にしている方は、心肺機能が良好に保たれています。実は、これがリハビリの継続に大きく影響するんです。
リハビリは体力を使います。すぐに息が上がってしまう方は、十分な量の訓練ができません。でも、日頃から有酸素運動をしている方は、長時間のリハビリにも耐えられ、結果として回復が早まります。
調査では、運動習慣を持つ人々の約80%がウォーキングやランニングを実施しています。これらの運動は生活習慣病の予防だけでなく、将来のリハビリの「下地作り」にもなっているんです。
バランス能力—転倒を防ぐ保険
高齢者にとって、転倒は骨折の大きなリスクです。そして骨折は、寝たきりへの入り口になりかねません。
日頃から体を動かしている方は、バランス能力が維持されているため、転倒しにくいんです。これは「保険」のようなもの。若いうちから積み立てた運動習慣という保険が、将来あなたを守ってくれます。
私たちが現場で見てきた「運動習慣の差」
リハビリの現場で長年働いていると、ある傾向がはっきりと見えてきます。
普段から体を動かしている方の回復力
日頃からウォーキングや軽い運動を習慣にしていた方は、脳卒中や骨折などで突然リハビリが必要になった時、回復のスピードが明らかに速い傾向があります。
筋力がある程度維持されているため、リハビリのスタート地点が高く、「歩く」「立つ」といった基本動作の再獲得も比較的スムーズに進むことが多いんです。発症から数ヶ月で元の生活に近いレベルまで回復される方も少なくありません。
運動習慣がなかった方が直面する壁
一方、長年運動習慣がなかった方の場合、病気による筋力低下に加えて、元々の体力や筋力も少ないため、リハビリには時間がかかる傾向があります。
「立つ」という基本的な動作の習得に数ヶ月、歩行の獲得にはさらに長期間を要するケースもあります。そして、多くの方が「もっと早くから体を動かしておけばよかった」とおっしゃるんです。
この差を生むもの
同じような病気や怪我でも、回復に大きな差が出るのが現実です。その差を生む大きな要因の一つが、それまでの運動習慣なんです。
「今から始める」のに遅すぎることはない
「もう歳だから」「今さら始めても」と思っていませんか?
60代、70代から始めても効果はある
国際的な研究で、高齢者が運動を始めることで、筋力やバランス能力、認知機能の改善が見られることが証明されています。始めるのに遅すぎるということはありません。
大切なのは、「完璧な運動プログラム」を組むことではなく、「続けられる運動」を生活に取り入れることです。
「運動」はハードルが高い?いいえ、日常の中にあります
「運動」と聞くと、ジムに通ったり、ランニングシューズを買ったりと、大げさに考えてしまいがちです。でも、日常生活の動作を少し工夫するだけでも、立派な運動になるんです。
今日から始められる「貯筋習慣」—高齢者向けリハビリ運動メニュー
専門家として、自宅で簡単にできて効果の高い運動をご紹介します。これらは、実際にリハビリでも使われている動作です。
1. 足踏み運動:座ったままできる循環促進
椅子に座ったまま、膝を交互に軽く上げ下げします。
なぜ効果的? 下半身の血流が促進され、筋力低下を防ぎます。テレビを見ながら、100回でもできますよね。これを毎日続けるだけで、下半身の筋力維持に大きく貢献します。
2. つま先立ち運動:転倒予防の王道
壁に軽く手をついて、かかとを上げ下げします。
なぜ効果的? ふくらはぎの筋肉とバランス能力を同時に鍛えられます。歯磨きしながら、料理しながらできる「ながら運動」の代表格です。1日30回を目標に。
3. 椅子からの立ち上がり:太ももとお尻の筋力強化
手を使わずに椅子から立ち上がり、ゆっくり座ります。
なぜ効果的? 太ももとお尻の筋肉は、歩く、階段を上るなど、日常生活で最も使う筋肉です。この動作ができなくなると、トイレに行けなくなります。つまり、自立した生活の基本中の基本なんです。
最初は手を使っても構いません。徐々に手の力を減らしていきましょう。1日10回×3セットを目標に。
4. 手足のストレッチ:関節の柔軟性を保つ
床に座って足を前に伸ばし、つま先を手でつかみます(届かなければ、タオルを使ってもOK)。
なぜ効果的? 関節の柔軟性が保たれることで、転倒時の怪我のリスクが減ります。また、リハビリが必要になった時、関節が柔らかい方が回復も早いんです。
5. 深呼吸+肩回し:全身の血行促進とリラックス
背筋を伸ばして深呼吸しながら、肩を大きく回します。
なぜ効果的? 血行が促進され、肩こりの予防にもなります。何より、この動作はリラックス効果があり、ストレス軽減にも役立ちます。朝起きた時と夜寝る前、各10回ずつがおすすめです。
運動習慣を「続ける」ための秘訣
理学療法士として、患者さんに運動を続けてもらうために工夫していることがあります。
「毎日完璧」より「週5日そこそこ」
完璧主義は挫折のもとです。週に5日できれば上出来と考えましょう。3日坊主で終わってしまうより、ゆるく長く続けることが大切です。
生活の中に「組み込む」
「運動の時間」を別に作ろうとすると続きません。
- 歯磨きしながら→つま先立ち
- テレビを見ながら→足踏み運動
- トイレのたびに→スクワット1回
こんな風に、日常動作に組み込んでしまうのがコツです。
記録をつける—小さな達成感を積み重ねる
カレンダーに印をつけるだけでも構いません。視覚化することで、「続けている自分」を実感でき、モチベーションが保てます。
「いざという時」のための準備、始めませんか?
運動習慣は、将来の自分への最高の投資です。
リハビリは「病気になってから」じゃない
私たちリハビリの専門家は、病気や怪我をした方だけを対象にしているわけではありません。予防的なリハビリ、つまり「いざという時」のための体作りも、重要な仕事だと考えています。
自費リハビリでは、病気がなくても、体力維持や転倒予防のための個別プログラムを提供できます。あなたの生活スタイルや体の状態に合わせた、オーダーメイドの運動指導です。
「保険」だと思って始めてみませんか?
保険料を毎月払うように、体への投資として、毎日15分の運動習慣はいかがでしょうか。その15分が、将来あなたの生活の質を大きく左右するかもしれません。
まとめ:「まだ大丈夫」が一番危険
運動習慣は、年齢とともに増加するデータがありますが、理想的には若い頃から積み重ねることが大切です。でも、今この瞬間が、一番若い時でもあります。
大切なポイントをもう一度。
- 運動習慣の有無が、将来のリハビリの成否を左右する
- 「貯筋」は今からでも遅くない
- 日常生活の中の簡単な運動で十分
- 完璧を目指さず、続けることが最優先
「忙しいから」「まだ若いから」「いずれやろうと思っている」—そう思っている間にも、体は少しずつ衰えていきます。
でも、今日から始めれば、明日のあなたは今日のあなたより確実に強くなっています。10年後、20年後の自分が「あの時始めておいてよかった」と思える選択を、今しませんか?
リハビリが必要になった時、「運動習慣があってよかった」と心から思える日が来ます。その日のために、今日から一歩を踏み出しましょう。
参考文献
· Pahor M, Guralnik JM, Ambrosius WT, et al. Effect of structured physical activity on prevention of major mobility disability in older adults: the LIFE study randomized clinical trial. JAMA. 2014;311(23):2387-2396.
· Said CM, Morris ME, Woodward M, Churilov L, Bernhardt J. Enhancing physical activity in older adults receiving hospital based rehabilitation: a phase II feasibility study. BMC Geriatr. 2012;12:26.
· de Morton NA, Keating JL, Jeffs K. Exercise for acutely hospitalised older medical patients. Cochrane Database Syst Rev. 2007;(1):CD005955.
· Martinez-Velilla N, Casas-Herrero A, Zambom-Ferraresi F, et al. Effect of exercise intervention on functional decline in very elderly patients during acute hospitalization: a randomized clinical trial. JAMA Intern Med. 2019;179(1):28-36.
· Langhammer B, Bergland A, Rydwik E. The Importance of Physical Activity Exercise among Older People. Biomed Res Int. 2018;2018:7856823.
· Cruz-Diaz D, Bergamin M, Gobbo S, Martínez-Amat A, Hita-Contreras F. Comparative effects of 12 weeks of equipment based and mat Pilates in patients with Chronic Low Back Pain on pain, function and transversus abdominis activation. A randomized controlled trial. Complement Ther Med. 2017;33:72-77.理学療法士 専門分野:予防的リハビリテーション、高齢者運動療法
免責事項 本記事は医学的知識に基づいて作成されていますが、個別の医療相談に代わるものではありません。健康状態に不安がある場合や、持病をお持ちの方は、必ず医師や理学療法士にご相談ください。