「江戸から京都まで、たった3日で走った」
こう聞いて、あなたは信じられますか?
距離にして約493〜495km。東京から大阪を超えて京都まで。しかも、未舗装の道を、わらじ履きで、荷物を担いで。
「いや、無理でしょ」
そう思いますよね。私も最初は信じられませんでした。
でも、理学療法士として運動生理学の視点で江戸時代の飛脚を調べてみると、とんでもない事実が見えてきたんです。
彼らは、現代のスポーツ科学が到達していない「究極の省エネ走法」を持っていたかもしれない。
今回は、江戸時代の飛脚の驚異的な運動能力と、その秘密とされる「ナンバ走り」を徹底検証します。そして、そこから私たちが学べる「疲れにくい体の使い方」を探っていきましょう。
江戸時代の飛脚、本当に速かったの?
まず、本当に速かったのか。数字で見てみましょう。
飛脚の記録
最速記録:江戸〜京都間(約493〜495km)を60〜72時間
これ、3日です。
「え、3日って遅くない?」
そう思いましたか?では、条件を確認しましょう。
飛脚が走った条件
- 道:未舗装(砂利道、土道、山道)
- 靴:わらじ(クッションゼロ)
- 荷物:あり(手紙や小荷物を担いで走る)
- 天候:関係なし(雨でも雪でも走る)
- 時間:昼夜問わず(夜も街灯なしで走る)
- 障害物:あり(峠、川、関所)
さて、これでも遅いと思いますか?
現代のマラソンと比較してみる
マラソンのトップランナーは42.195kmを約2時間で走ります。時速約20km。
飛脚は493〜495kmを72時間で走ったので、全体の平均時速は約6.8〜7km。
「やっぱり遅いのでは?」
ちょっと待ってください。
マラソン
- 舗装された道
- 最高のランニングシューズ
- 荷物なし
- 晴天を選べる
- 42.195kmで終わり
飛脚
- 未舗装の山道
- わらじ(しかもすぐ破れる)
- 荷物を担いで
- 天候選べず
- 493km走る(マラソンの約12倍)
しかも、飛脚はリレー形式。
1人あたり約10km走って次の飛脚に引き継ぐ。つまり、飛脚1人の担当区間は10kmで、その区間を約1時間20分で走破。実走行の時速は約7.5kmになります。
時速約7.5kmで、峠も川も越えながら、わらじ履きで、荷物を持って。
…これ、普通に考えて、かなりすごくないですか?
「通し飛脚」という化け物
ちなみに、もっとヤバい飛脚がいました。
「通し飛脚」。
これ、リレーじゃなくて1人で全区間を走る飛脚です。
通し飛脚の記録
江戸〜京都間(約493〜495km)を1人で6日間
1日平均80km以上(約82〜83km)。
これを6日間連続。
…え、待って。
フルマラソンが42.195kmなので、通し飛脚は毎日フルマラソン約2回分を6日間続けたってことです。
しかも未舗装の道で、わらじ履きで。
現代のウルトラマラソンランナーでも、100kmを走るのに10〜15時間かかります。舗装された道、最高のシューズ、給水所完備で。
通し飛脚は、それを上回る距離を、はるかに劣悪な条件で、6日間連続で走った。
これ、もう人間じゃないです。
飛脚が速かった3つの理由
なぜ、こんなことが可能だったのか。
理学療法士の視点で分析してみました。
理由①:リレー方式の効率性
最速の「継飛脚」は、53の宿場をリレー形式で繋いだ。
1人あたりの走行距離:約10km
これ、現代の駅伝と同じです。箱根駅伝も、1人あたり約20kmを走りますよね。
つまり、飛脚は全力で10kmを走って、次の人に渡す。
全員が自分の区間だけに全力を注げるから、平均速度が上がる。
これ、運動生理学的にも理にかなっています。10km程度なら、筋グリコーゲンが枯渇する前に走り切れます。
理由②:専業プロフェッショナル
飛脚は職業です。毎日走っている。
つまり、常に高い運動能力を維持していた。
現代のアスリートと同じで、日々のトレーニングによって心肺機能・筋持久力・走行技術が磨かれていたわけです。
しかも、子どもの頃から飛脚見習いとして育てられる場合も多かった。幼少期からの運動習慣が、驚異的な身体能力を作り上げたんです。
理由③:「ナンバ走り」という省エネ走法
そして、最大の秘密がこれ。
「ナンバ走り」。
江戸時代の飛脚が使っていたとされる、独特の走法です。
「ナンバ走り」って何?
「ナンバ走り」。聞いたことありますか?
一般的には「右手と右足、左手と左足を同時に出す走り方」と言われています。
普通の走り方は、右足を出すとき左手が前に出ますよね。
でも、ナンバ走りは、右足を出すとき右手も前に出す。
「え、それで走れるの?」
そう思いますよね。実際、やってみると違和感がすごいです。
ナンバ走りのメカニズム(理論上)
通常の走り方
- 右足を出す → 左手が前 → 体が捻れる
- 体幹が回旋 → エネルギーロス
- 内臓も捻れる → 呼吸が浅くなる
- 長時間走ると疲労が蓄積
ナンバ走り(理論)
- 右足を出す → 右手も前 → 体が捻れない
- 体幹が安定 → エネルギー効率が良い
- 内臓が捻れない → 呼吸が楽
- 長時間走っても疲れにくい
つまり、「体を捻らずに走ることで、省エネになる」という理論です。
でも、本当にそうなの?
ここで、理学療法士として正直に言います。
科学的には、まだ結論が出ていません。
東海大学の研究チームは、「ナンバ走りは運動負荷を低減させない」と発表しています。
つまり、ナンバ走りが本当に省エネかどうかは証明されていない。
しかも、江戸時代の飛脚が本当に「右手と右足を同時に出して」走っていたのかも、映像記録がないので確認できません。
じゃあ、末續慎吾選手は?
陸上の末續慎吾選手が「ナンバ走りを意識して走った」と語ったことで、ナンバ走りは一気に有名になりました。でも、実際には末續選手の走法は「右手と右足を同時に出す」走り方ではありませんでした。
彼が言っていたのは、「ナンバの身体感覚を練習に取り入れて、無駄のない走り方を作った」ということ。つまり、厳密な意味でのナンバ走りではなく、ナンバの概念から学んだ効率的な走法だったんです。
じゃあ、「ナンバ」って結局何だったの?
ここまで読んで、こう思いませんでした?
「結局、ナンバ走りって嘘だったの?」
いえ、そうとも言えません。
理学療法士として、私はこう考えています。
「ナンバ」の本質は、体幹の使い方
「右手と右足を同時に出す」という表面的な動作ではなく、「体を捻らずに効率的に動く」という身体操作の概念だったのではないか。
現代のスポーツ科学でも、以下のことは証明されています。
- 体幹の安定性が高いほど、エネルギー効率が良い
- 無駄な体の動きを減らすことで、持久力が向上する
- 呼吸がしやすい姿勢を保つことで、疲労が軽減される
江戸時代の飛脚は、長年の経験から、体を捻らずに走る方が疲れにくいことを発見していたのかもしれません。
そして、それを「ナンバ走り」という名前で伝承していた。
ただし、その走法を現代に伝える記録が残っていないため、「本当にどう走っていたのか」は分からない。
つまり、「ナンバ走り」は、江戸時代の身体技法の”概念”として存在していた可能性があるということです。
【理学療法士の視点】私たちが学べる3つのこと
江戸時代の飛脚から、現代の私たちが学べることは何でしょうか?
学び①:体幹を安定させることの重要性
ナンバ走りの真偽は別として、体幹を安定させて走る(歩く)ことは、疲労軽減に効果的です。
これは科学的に証明されています。
実践法
- 歩くとき、走るとき、お腹に少し力を入れる
- 体が左右に大きく揺れないように意識する
- 腕を過度に振らない(自然な範囲でOK)
これだけで、長距離を歩いても疲れにくくなります。
学び②:無駄な動きを減らす
飛脚は、エネルギーを温存するために、無駄な動きを極力減らしていたと考えられます。
現代人は、歩くときも走るときも、意外と無駄な動きが多いんです。
チェックポイント
- 肩が上下に大きく動いていませんか?
- 腕を過度に振っていませんか?
- 足を必要以上に高く上げていませんか?
- 体が左右に揺れていませんか?
無駄な動きを減らすだけで、同じ距離を歩いても疲労が軽減されます。
学び③:持久力は、日々の積み重ねで作られる
飛脚の驚異的な持久力は、一朝一夕で身についたものではありません。
毎日走ることで、心肺機能・筋持久力・走行技術が磨かれた結果です。
現代の私たちも同じ。
週1回のジム通いより、毎日10分の散歩の方が、長期的には体力向上に繋がります。
現代に蘇る「ナンバ」の活用例
実は、「ナンバ」の概念は、現代スポーツでも応用されています。
事例①:バスケットボール
2000年、桐朋高校のバスケットボール部がナンバ走りを取り入れ、東京代表としてインターハイ出場を決めました。
彼らが取り入れたのは、「体を捻らずに動く」という概念。
これにより、40分間走り続けても疲れにくい体を作ることに成功しました。
事例②:ウルトラマラソン
100km以上を走るウルトラマラソンのランナーの中には、「ナンバの身体感覚」を取り入れている人がいます。
あるランナーは、「161kmのUTMFは、ナンバの動きなしには完走できなかった」と語っています。
長距離になればなるほど、省エネの身体操作が重要になるんです。
事例③:高齢者の歩行
実は、高齢者の歩行指導でも、「体を捻らずに歩く」ことが推奨される場合があります。
- 転倒リスクの軽減(体が安定する)
- 腰への負担軽減(過度な回旋を防ぐ)
- 疲労の軽減(エネルギー効率が良い)
つまり、ナンバの概念は、現代の医療現場でも応用されているんです。
【実践】疲れにくい歩き方・走り方
では、江戸の飛脚から学んだ「疲れにくい体の使い方」を実践してみましょう。
基本の姿勢
①体幹を安定させる
- お腹に軽く力を入れる
- 背筋を伸ばす
- 肩の力は抜く
②重心を意識する
- 体の中心(丹田)を意識
- 重心が左右に大きく揺れないように
③呼吸を深く
- 腹式呼吸を意識
- 体が捻れると呼吸が浅くなるので注意
疲れにくい歩き方
①腕の振りを抑える
- 腕を大きく振らない
- 肘を軽く曲げて、自然な範囲で
②足を高く上げすぎない
- 必要最小限の高さで
- すり足気味でOK(つまずかない程度に)
③着地を柔らかく
- かかとから着地し、足裏全体で体重を受け止める
- ドスンと着地しない
④ リズムを一定に
- 一定のテンポで歩く
- 急がず、ゆっくりすぎず
疲れにくい走り方(ジョギング)
①ピッチ(足の回転)を上げる
- 歩幅を小さく、足の回転を速く
- これにより、体の捻りが自然と減る
②腕の振りを最小限に
- 腕は軽く振る程度
- 肩の力を抜く
③前傾姿勢を保つ
- やや前傾
- 体幹は真っ直ぐ
④呼吸のリズムを作る
- 2歩で吸って、2歩で吐く(または3-3)
- 呼吸が乱れたらペースを落とす
よくあるご質問
Q1. 本当に「右手と右足を同時に出す」走り方って効果あるの?
A. 科学的には証明されていません。
実際にやってみると分かりますが、かなり違和感があります。現代の研究では、「運動負荷は低減しない」という結果も出ています。
ただし、「体を捻らずに走る」という概念自体は、省エネに繋がる可能性があります。
Q2. ナンバ走りを練習すべき?
A. 厳密な「ナンバ走り」を練習する必要はありません。
それよりも、「体幹を安定させて、無駄な動きを減らす」ことを意識する方が実用的です。
Q3. 江戸時代の飛脚って、本当にそんなに速かったの?
A. 記録として残っています。
江戸〜京都間(約493〜495km)を3日で走破したのは事実です。ただし、リレー形式なので、1人が全距離を走ったわけではありません。
「通し飛脚」は1人で全区間を走りましたが、6日かかっています。
なお、文献によって平均時速は7〜9kmと幅があります。これは、休憩時間を含むか、実走行時間のみで計算するかなど、計算方法の違いによるものです。
Q4. 現代人でも飛脚並みに走れる?
A. 条件を揃えれば、可能かもしれません。
現代のウルトラマラソンランナーは、100km以上を走ります。舗装された道、最高のシューズで。
もし同じ条件(未舗装、わらじ、荷物あり)なら、現代人でも飛脚並みに走るのは相当困難でしょう。
Q5. 疲れにくい歩き方を身につけるコツは?
A. 毎日少しずつ意識することです。
最初は違和感があるかもしれませんが、続けるうちに自然とできるようになります。
- 1週目:体幹を意識して歩く
- 2週目:腕の振りを抑えてみる
- 3週目:足の着地を意識する
段階的に取り入れると、無理なく習得できます。
Q6. 高齢者でも実践できる?
A. できます。むしろ推奨します。
体幹を安定させて歩くことは、転倒予防にも繋がります。
ただし、最初は手すりのある場所や、誰かと一緒に歩くことをお勧めします。
まとめ:江戸の飛脚が教えてくれたこと
江戸時代の飛脚は、驚異的な運動能力を持っていました。
でも、それは「超人」だったからではありません。
日々のトレーニング、効率的な身体操作、そして工夫された仕組み(リレー方式)の結果です。
この記事のポイント
- ✓ 飛脚は江戸〜京都間(約493〜495km)を3日で走破(リレー形式)
- ✓ 通し飛脚は1人で約493〜495kmを6日間で走破
- ✓ 1人あたりの担当区間は約10km
- ✓ 全体の平均時速は約6.8〜7km、実走行は約7.5km
- ✓ 未舗装の道、わらじ履き、荷物ありという劣悪な条件
- ✓ 「ナンバ走り」の科学的証明はまだない
- ✓ 「体を捻らずに動く」概念は省エネに繋がる可能性
- ✓ 体幹の安定性が、疲労軽減の鍵
- ✓ 無駄な動きを減らすことが重要
- ✓ 持久力は、日々の積み重ねで作られる
- ✓ 現代スポーツでも「ナンバ」の概念は応用されている
「ナンバ走り」の真実
「右手と右足を同時に出す」という表面的な動作が重要なのではなく、「体を捻らず、効率的に動く」という身体操作の概念が重要だったのではないか。
それが、江戸時代の飛脚が持っていた「秘伝」だったのかもしれません。
私たちにできること
飛脚のように1日80kmも走る必要はありません。
でも、日常の歩き方を少し工夫するだけで、疲れにくい体を作ることができます。
- 体幹を意識して歩く
- 無駄な動きを減らす
- 呼吸を深くする
- 毎日少しずつ続ける
これだけで、1年後には「以前より疲れにくくなった」と実感できるはずです。
江戸の知恵を、現代に活かす
江戸時代の人々は、科学的な知識がなくても、経験と工夫で驚異的な身体能力を手に入れていました。
現代の私たちは、科学の力を借りながら、江戸の知恵を再評価できます。
古い技術だからといって、すべてが時代遅れとは限りません。
温故知新。
江戸の飛脚から学んだ「疲れにくい体の使い方」を、今日から実践してみませんか?
📚 参考文献
- 株式会社アーク. 驚異の走法!飛脚が繋いだ江戸時代の情報伝達. 2025.
- 日本びより. 江戸時代の飛脚のスピードは実は〇〇だった!. 2019.
- Wikipedia. ナンバ走り. 2024.
- 俊足ブログ. 江戸時代の飛脚は超速かった?彼らの特殊な走り方について.
- 岩下書店. 東海道五十三次『江戸〜京都』間を72時間で走る飛脚たち!
- Japaaan. 江戸の飛脚半端ないって!江戸から京都を3日間で走破した幕府公用の継飛脚とは?. 2019.
- 内山秀一ら. ナンバ走りが運動パフォーマンスに与える影響. 東海大学体育学部. 2011.
- ATTiVO Body Care GYM. ナンバ走り. 2023.
- バスケットボール上達塾. ナンバ走りとは・・・?. 2021.
本記事は、江戸時代の文献・研究論文・現代のスポーツ科学に基づいて作成しています。ナンバ走りに関しては、科学的に未解明な部分も多いため、「可能性」として記載しています。
免責事項 本記事の運動方法を実践する際は、ご自身の健康状態に合わせて無理のない範囲で行ってください。持病のある方、運動制限のある方は、医師にご相談ください。