「相撲って、ただぶつかり合ってるだけでしょ?」
そう思っていませんか?
実は、理学療法士の私が相撲の基本動作を運動学的に分析してみると、驚くべき発見がありました。
四股、すり足、鉄砲、股割り――。
これらは単なる伝統的な稽古ではなく、現代のスポーツ科学が到達できていない「究極の身体操作法」が詰まっていたんです。
日本相撲協会が推奨する「相撲健康体操」は、子どもからお年寄りまで誰でもできるように考案されており、実際に医療現場や介護予防の分野でも注目されています。
今回は、新年の始まりにふさわしく、日本の伝統文化である相撲の身体動作を、理学療法士の視点で徹底的に分析します。
そこから見えてくる「疲れにくい体の使い方」「転倒しにくい身体づくり」のヒントを、あなたも今日から実践してみませんか?
目次
- 相撲の基本動作とは? 重心を下腹部に導く独特の工夫
- 四股の驚異的な効果|理学療法士が解説する運動学的メカニズム
- すり足と鉄砲|上下半身の連動性を生む伝統の知恵
- 股割りが可能にする柔軟性|ケガ予防の科学
- 低重心移動の運動学|相撲に学ぶ安定した身体操作
- 自宅でできる相撲動作トレーニング【実践編】
- 理学療法士が語る|相撲動作と転倒予防・介護予防
- よくあるご質問(FAQ)
- 注意喚起
- まとめ
相撲の基本動作とは? 重心を下腹部に導く独特の工夫
相撲の基本動作|四股・すり足・鉄砲・股割り
日本の伝統の中で育まれた相撲の稽古には、代表的な基本動作があります。
- 四股(しこ) 足を交互に高く上げ、力強く地を踏む動作
- すり足 中腰姿勢で、足を地面にすらせながら前進する動作
- 鉄砲(てっぽう) 柱に向かって、腕と足を交互に動かす動作
- 股割り(またわり) 足を一直線に広げて伸ばす柔軟運動
これら四つの基本動作には、共通する重要なポイントがあります。
それは「重心を下腹部(臍下丹田)に導き、体の中心軸である背骨を強く安定させる」という高度な工夫です。
なぜ重心を下腹部に?
理学療法士の視点で説明すると、重心を下腹部に置くことには明確な理由があります。
解剖学的に説明すると、人間の重心は、通常、第2仙椎の前方、だいたいおへその下あたりに位置しています。
ここを意識的に安定させることで、
- 体幹筋群(腹横筋・多裂筋・骨盤底筋群)が効率的に働く
- 背骨が理想的なS字カーブを保てる
- 股関節・膝関節・足関節の3つの関節が連動しやすくなる
つまり、全身の筋肉と関節が最も効率よく働く「最適ポジション」なんです。
相撲健康体操とは?
日本相撲協会が考案した「相撲健康体操」は、この相撲の基本動作を誰でも実践できるようにアレンジしたものです。
続けることで得られる効果として、以下が報告されています。
- 筋肉の緊張がほぐれる
- 血流改善
- 神経系の刺激
- 新陳代謝の促進
- 脳の活性化
- 疲労回復
- ストレス解消
- 足腰の強化による老化防止
- 体の機能回復
- 集中力とバランス能力の向上
「これ、本当に相撲の動きでこんなに効果があるの?」
そう思いますよね。では、具体的に各動作のメカニズムを見ていきましょう。
四股の驚異的な効果|理学療法士が解説する運動学的メカニズム
四股とは? 相撲を代表する基本動作
四股は、片足を高く上げ、強く地を踏む動作です。
一見シンプルに見えますが、実はこれ、股関節・膝・足首の3つの関節を同時に動かす、究極の複合運動なんです。
イチロー選手が現役時代、毎日のトレーニングとして四股を取り入れていたことは有名ですよね。彼は45歳まで第一線で活躍し続け、大きなケガもほとんどありませんでした。
四股の運動学的メカニズム
理学療法士として、四股の動作を分析してみましょう。
①股関節の複合的な動き
四股を踏むとき、股関節では以下の動きが同時に起こります。
足を上げる局面
- 股関節屈曲
- 股関節外転
- 股関節外旋
足を下ろす局面
- 股関節伸展
- 体幹の動力伝達
- 地面への力の伝達
この複合的な動きが、普段の生活ではあまり使わない筋肉を総動員します。
②鍛えられる筋肉
四股で特に鍛えられる筋肉があります。
大臀筋(お尻の筋肉)
- 足を上げたときに、軸足側が最大限に働く
- 立位姿勢の維持に不可欠
中臀筋(お尻の横の筋肉)
- 片足立ちのバランスを保つ
- 歩行時の骨盤安定に重要
深層外旋六筋
- 梨状筋、内閉鎖筋、上双子筋、下双子筋、大腿方形筋、外閉鎖筋
- 股関節の微細な調整を担当
大腿四頭筋(太ももの前の筋肉)
- 膝の伸展を担当
- 階段昇降に必須
下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉)
- 足首の安定性を保つ
これだけの筋肉が、たった一つの動作で同時に鍛えられるんです。
③体幹強化のメカニズム
四股を踏むとき、片足で全体重を支える必要があります。このとき、体幹筋群(特に腹横筋・多裂筋)が強力に働き、体を安定させます。
バイオメカニクス的に言うと、片足立ちの状態では、重心線が支持基底面(足の裏)の中に収まるよう、常に微調整が必要です。この微調整に、体幹深層筋が総動員されるため、自然と体幹が強化されていくんです。
白鵬に学ぶ|スロートレーニングとしての四股
元横綱・白鵬は、稽古場でかなり長時間、ゆっくりと四股を踏んでいたことで知られています。スポーツ科学の専門家は、この「スローな四股」が白鵬の驚異的なスピードを生んだと分析しています。
スロートレーニングの原理
筋肉には、速筋と遅筋の2種類があります。
- 速筋: 素早く収縮し、瞬発力を発揮
- 遅筋: ゆっくり収縮し、持久力に関与
ゆっくりと負荷をかけて体を動かすスロートレーニングを行うとで、
- まず遅筋が疲労する
- その状態でさらに続けると
- 速筋も疲労してくる
つまり、遅筋と速筋の両方を同時に鍛えられる効率的なトレーニング法なんです。
白鵬のスピードは、この「スローな四股」から生まれていたんですね。
四股の柔軟性向上効果
四股を行うことで、股関節の柔軟性が劇的に向上します。
股関節を大きく開く動作は、通常の生活ではあまり使わない筋肉や腱を伸ばすため、可動域の拡大に直結します。
股関節の柔軟性が高まると、
- 膝・足首・腰への負担が軽減
- ケガの予防
- 可動域の拡大
- 血流改善による冷え性・むくみの解消
が期待できます。
現代人が失った動き
実は、四股のような「股関節を深く曲げて開く」動作は、現代人が最も失っている動きの一つなんです。
デスクワークや車での移動が増え、床に座る生活が減った現代。
私たちの股関節は、日々硬くなっていく一方です。
四股を踏むことは、この失われた動きを取り戻す、最高のトレーニングと言えるでしょう。
すり足と鉄砲|上下半身の連動性を生む伝統の知恵
すり足|重心移動の極意
すり足は、中腰姿勢で、足を地面にすらせながら前進する動作です。
「ちょっと待ってください」
足を地面から離さずに進むって、実はものすごく難しいんです。
すり足の運動学的分析
足の裏を地面から離さずに進むには、
- 通常の歩行のように足先を先に出すのではなく
- 重心を腰に落とし
- 太ももを腰から押し出す感じで前に出していく
この動きにより、上体を安定させたまま移動することができるんです。
すり足で鍛えられる能力
- 股関節周りの柔軟性 股関節を立体的に動かす能力が向上
- インナーマッスルの強化 腸腰筋・腹横筋・多裂筋などが総動員される
- 膝・股関節の筋力 中腰姿勢を保つため、大腿四頭筋・大殿筋が鍛えられる
- 上下半身の連動性 「右脚と右腕」「左脚と左腕」を同時に動かすことで、体全体の協調性が向上
元横綱・千代の富士は、相撲の基本である四股、鉄砲、すり足を決して怠らなかったことで知られています。「とにかく土俵で稽古を始めるまで、ずーっと汗をかいている」当時の稽古仲間は、そう証言しています。
鉄砲|肩甲骨を動かす科学
鉄砲は、太い木柱を腕で押すトレーニングです。一見、腕力向上を狙うように見えますが、実は違います。
元・一ノ矢こと松田哲博氏(相撲探求家)は、こう語っています。「鉄砲は肩甲骨をどう動かすか、肩甲骨の動きを感じるためのトレーニングと言えると思います」
鉄砲の本質
鉄砲の本質
- 押しと足の運び方を習得する 上半身と下半身をバランスよく使う「型」を身体に覚えさせる
- 肩甲骨の可動性向上 肩甲骨を意識的に動かすことで、上半身の力を効率よく伝える
- すり足との連動 柱を押すと同時に、すり足で前進することで、全身の協調性を養う
力士の腕力は、一般の人の約2.2倍あることが研究で明らかになっています。
しかし、これは単なる筋力ではなく、上半身と下半身を連動させて力を伝える能力が優れているからなんです。
上下半身の連動|理学療法士の視点
理学療法の世界では、「運動連鎖(キネティックチェーン)」という概念があります。
これは、一つの関節や筋肉の動きが、隣接する関節や筋肉に連鎖的に影響を与える、という考え方です。
すり足と鉄砲は、まさにこの運動連鎖を最大限に活用した動作なんです。
例)鉄砲で柱を押すときの運動連鎖
- 足でしっかり地面を踏む
- その力が股関節→腰→背骨と伝わる
- 肩甲骨が動いて
- 最終的に腕に力が伝達される
この一連の流れが、瞬時に、しかも無意識に行われるよう、身体に染み込ませる。
それが、すり足と鉄砲の狙いなんです。
股割りが可能にする柔軟性|ケガ予防の科学
股割りとは?
股割りは、足を一直線に広げて伸ばすトレーニングです。
力士の股割りを見たことがありますか?
あの驚異的な柔軟性は、日々の積み重ねによって獲得されたものです。
股割りの目的
股割りの主な目的
- 股関節の柔軟性向上 股関節や大腿の内側の筋肉(内転筋群)の柔軟性を高める
- ケガの予防 股関節の柔軟性が高まることで、膝・足首・腰などへの負担が軽減
元幕内力士で相撲パーソナルトレーナーの小柳亮太さんは、こう語っています。
「相撲において、下半身の安定やケガ防止のためにも股関節の柔軟性はとても重要。そのためにも毎日の四股や股割は力士にとって欠かせません」
股関節の可動域|なぜ重要なのか?
股関節は、人体の中で最も大きな関節の一つです。
股関節の構造
- 大腿骨の上部先端(大腿骨頭)
- 骨盤のくぼみ(寛骨臼)
この二つが組み合わさった「臼状関節(球関節)」という形状をしています。
多方向への動きが可能な、非常に自由度の高い関節なんです。
股関節が硬いと起こる問題
- 動作の制限:動作がスムーズにできなくなります。(足を上げる・しゃがむ・歩幅を広げる、など)
- ケガのリスク増加 足を上げられないと、障害物につまずいて転倒するリスクが高まります。
- 腰痛・膝痛の原因 走る・ジャンプするなどの動作で、地面からの衝撃を股関節で吸収できず、腰や膝にダイレクトに負担がかかります。
股割りの科学的効果
- 内転筋群のストレッチ 大腿内側の筋肉(長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋・恥骨筋)が伸ばされる
- 関節包の柔軟性向上 股関節を覆う膜組織(関節包)が柔らかくなる
- 血流改善 股関節周りの筋肉を伸ばすことで、血流が良くなり、冷え性や生理痛の改善も期待できる
股割りの正しいやり方
ただし、股割りには注意が必要です。
「股関節が硬いまま四股を踏んでもストレッチや体幹強化など本来の効果が得られないばかりか、筋肉を痛めてしまう危険もある」
と、元幕内力士の小柳亮太さんは警告しています。
段階的アプローチ
股割りを行う前に、
- 動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ) 股関節の可動域を広げて柔軟性を高める
- 静的ストレッチ(スタティックストレッチ) 筋肉を伸ばしたまま10秒ほどキープする
この順番で行うことで、安全かつ効果的に股関節の柔軟性を高めることができます。
低重心移動の運動学|相撲に学ぶ安定した身体操作
低重心とは?
相撲の基本は「低重心」です。
四股、すり足、鉄砲、すべての動作において、重心を低く保つことが求められます。
でも、なぜ低重心が重要なのでしょうか?
低重心の物理学
物理的に考えると、重心が低いほど、
- 安定性が増す 支持基底面(足の裏で支える範囲)に対して、重心が低いほど倒れにくい
- 強い力を発揮できる 地面を押す力が、より効率的に伝わる
実は、これは相撲だけでなく、多くの伝統的な日本の身体技法に共通する特徴なんです。
高重心vs低重心|文化による違い
スポーツトレーナーでJARTA設立者の中野崇氏は、興味深い指摘をしています。
「外国人力士が相撲をやるときに、『まず重心を低くせよ』と習うのに対して、サッカーをやる日本人選手に『まず重心を高くせよ』と指導しないのはなぜ?」
重心システムの違い
低重心系(日本・アジア)
- 膝を曲げる動きの優先度が高い
- 下半身をどっしり安定させてから動く
- 相撲、柔道、剣道など
高重心系(欧米)
- 股関節の動きが優先的
- 素早い移動に有利
- サッカー、バスケットボールなど
どちらが優れているというわけではなく、スポーツの特性に応じた「最適な重心システム」があるんです。
相撲の低重心|運動学的メカニズム
相撲の低重心姿勢では、
- 股関節・膝関節・足関節が深く屈曲 3つの関節すべてが曲がった状態
- 重心が下腹部(臍下丹田)に位置 体の中心軸が安定
- 体幹筋群が強力に働く 腹横筋・多裂筋・骨盤底筋群が総動員
この姿勢を保つだけで、ものすごい筋力トレーニングになるんです。
すり足を想像してみてください。
中腰姿勢で前進し続けるのは、かなりきついですよね?それだけ、下半身と体幹が鍛えられているということです。
低重心移動の実用性
「でも、日常生活で低重心って必要?」
そう思うかもしれません。
実は、低重心移動の能力は、転倒予防に直結します。
転倒予防のメカニズム
高齢者の転倒の多くは、
- バランスを崩したとき 重心が支持基底面(足の裏)から外れたとき
- とっさの動きができないとき 足を素早く出してバランスを取り戻せないとき
に起こります。
低重心で動く訓練をしておくと
- 重心が低い=倒れにくい
- 股関節・膝・足首の連動性が高い=とっさの動きができる
- 体幹が安定している=バランスを崩しにくい
という三重の防御が働くんです。
自宅でできる相撲動作トレーニング【実践編】
「相撲の動きがすごいのはわかったけど、実際にどうやればいいの?」
そう思いますよね。
ここでは、自宅で安全にできる相撲動作トレーニングを、理学療法士の視点でご紹介します。
開始前の注意事項
トレーニングを始める前に
- 痛みが出る範囲では行わない
- ゆっくりとした動作で
- 呼吸を止めない
- 急性期の痛みがある場合は避ける
- 持病がある方は、医師に相談
無理は禁物です。
トレーニング1: 腰割り(四股の準備運動)
四股をいきなり行うのは難しいので、まずは腰割りから。
実践方法
開始姿勢
- 足を肩幅よりやや広めに開く
- つま先を外側に向ける(45度くらい)
- 両手を膝の上に添える
動作
- ゆっくりと腰を落としていく
- 膝とつま先の向きをそろえる
- 重心は踵(かかと)の内側
- 上体をまっすぐに保つ
- この姿勢を10秒キープ
回数: 10回×3セット
ポイント: 深く腰を下ろすことよりも、上体をまっすぐに保つことが大切です。
効果
- 股関節の柔軟性向上
- 内転筋群のストレッチ
- 体幹筋群の強化
トレーニング2: 簡易四股
腰割りに慣れてきたら、四股に挑戦しましょう。
実践方法
開始姿勢: 腰割りの姿勢
動作
- 体重を右足に移動
- 左足を無理のない高さまで上げる
- 軸足(右足)の膝を伸ばしながら、左足をさらに上げる
- ゆっくりと左足を下ろす
- 反対側も同様に
回数: 左右各10回
ポイント
- 「足の裏を見せるな」という格言があります
- 上げる足の膝を上に向けたまま、軸足を軽く伸ばす
- 高く上げることより、軸足に体重をしっかり乗せることが重要
効果
- 大臀筋・中臀筋の強化
- 片足立ちのバランス能力向上
- 体幹の安定性向上
トレーニング3: 壁すり足
本格的なすり足は難しいので、壁を使った簡易版で。
実践方法
開始姿勢
- 壁の前に立つ
- 両手を壁につく
- 軽く腰を落とす
動作
- 右足を床から離さず、前に滑らせる
- 左足を引き寄せる
- 左足を床から離さず、前に滑らせる
- 右足を引き寄せる
回数: 往復10回
ポイント
- 足を浮かせない
- 腰の高さを保つ
- ゆっくりとした動作で
効果
- 股関節の柔軟性向上
- 大腿四頭筋・大殿筋の筋力強化
- 膝・股関節の連動性向上
トレーニング4: 股割りストレッチ
無理のない範囲で、股関節の柔軟性を高めましょう。
実践方法(初級)
開始姿勢
- 床に座る
- 足を肩幅よりやや広めに開く
- つま先を外側に向ける
動作
- 手で足首をつかむ
- 腰を低い位置で上げ下げさせる
- 肘を膝の内側に当てて、脚を広げるようにする
- 10回ほど上下させる
ポイント
- 痛みが出ない範囲で
- 呼吸を止めない
- 毎日続けることが大切
効果
- 股関節周辺の柔軟性向上
- 内転筋群のストレッチ
- 血流改善
トレーニング5: 相撲スクワット
相撲の姿勢を活かしたスクワットです。
実践方法
開始姿勢
- 足を肩幅の1.5倍程度に開く
- つま先を外側に向ける(45度)
- 両手は胸の前で組む
動作
- ゆっくりと腰を落とす
- 太ももが床と平行になるまで
- 膝とつま先の向きをそろえる
- ゆっくりと立ち上がる
回数: 10回×3セット
ポイント
- 膝がつま先より前に出ないように
- 上体を前に倒しすぎない
- かかとに重心を置く
効果
- 大腿四頭筋・大殿筋の強化
- 股関節・膝関節の可動域拡大
- 体幹の安定性向上
理学療法士が語る|相撲動作と転倒予防・介護予防
高齢者の転倒|深刻な社会問題
令和3年版高齢社会白書によると、介護が必要になった主な原因の4番目が「骨折・転倒」で、全体の13.0%を占めています。
東京消防庁の調査では、日常生活事故で救急搬送された高齢者のうち、82.1%が転倒を原因としたものでした。
転倒は、高齢者にとって非常に大きなリスクなんです。
転倒の原因|内的要因
転倒の原因には、身体状況に関連した「内的要因」があります。
- 筋力の低下 特に下半身の筋力低下
- バランス能力の低下 片足立ちができない、ふらつきやすい
- 柔軟性の低下 股関節が硬い、足首が硬い
- 視覚・感覚の低下 暗いところで見えにくい、足元の感覚が鈍い
これらはすべて、加齢とともに起こる変化です。
でも、諦める必要はありません。
相撲動作が転倒予防に効く理由
理学療法士として、相撲の基本動作が転倒予防に極めて有効だと確信しています。
理由1: 下半身の筋力強化
転倒予防で最も重要なのが、下半身の筋力です。
特に重要な筋肉
- 大腿四頭筋(太ももの前)
- 大殿筋(お尻)
- 中殿筋(お尻の横)
- 下腿三頭筋(ふくらはぎ)
- 前脛骨筋(脛)
- ハムストリングス(太ももの後ろ)
四股と腰割りは、これらすべての筋肉を同時に鍛えられる、理想的なトレーニングなんです。
理由2: バランス能力の向上
四股を踏むとき、片足で全体重を支える必要があります。
この動作が、バランス能力を劇的に向上させます。
バランス能力とは
- 重心の位置を感じ取る能力
- とっさに体勢を立て直す能力
- 不安定な状態でも姿勢を保つ能力
これらは、日常生活のあらゆる場面で転倒を防ぐ、最後の砦となります。
理由3: 股関節の柔軟性向上
股関節が硬いと
- 足を高く上げられない
- 障害物をまたげない
- つまずきやすい
股割りと腰割りで股関節の柔軟性を高めることで、これらのリスクを大幅に減らせます。
理由4: 体幹の安定性向上
すり足や四股で体幹筋群が強化されると
- 姿勢が良くなる
- ふらつきにくくなる
- とっさの動きに対応できる
体幹は、全身の動きの土台です。
ここが安定していれば、転倒リスクは大きく下がります。
日本理学療法士協会も推奨
公益社団法人日本理学療法士協会が発行する「理学療法ハンドブック シリーズ18 転倒予防」でも、転倒予防には下半身の筋力強化とバランス訓練が重要だと明記されています。
相撲の基本動作は、まさにこの二つを同時に実現できる、優れた方法なんです。
介護予防としての相撲健康体操
厚生労働省が推進する「介護予防」の観点からも、相撲健康体操は注目されています。
介護予防とは
要介護状態の発生をできる限り防ぐ(遅らせる)こと、そして要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぎ、さらに軽減を目指すこと
相撲健康体操
- 特別な道具が不要
- 自宅でできる
- 年齢・性別を問わず実践可能
- 短時間で効果が期待できる
まさに、介護予防の理想的なプログラムと言えるでしょう。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 相撲の動作は、高齢者でもできますか?
A. はい、できます。
日本相撲協会が推奨する「相撲健康体操」は、子どもからお年寄りまで、誰でも実践できるようアレンジされています。
ただし、無理のない範囲で行うことが大切です。
四股が難しい場合は、腰割りだけでも十分効果があります。
Q2. 毎日やる必要がありますか?
A. 理想は毎日ですが、週に3〜4回でも効果は期待できます。
大切なのは、継続することです。
1日5分でもいいので、習慣化することをおすすめします。
Q3. 四股を踏むと膝が痛くなります。どうすればいいですか?
A. 痛みが出る場合は、無理をせず中止してください。
まずは腰割りだけを行い、股関節の柔軟性を高めてから、徐々に四股に移行しましょう。
また、痛みが続く場合は、医療機関を受診することをおすすめします。
Q4. 股割りができるようになるには、どのくらいかかりますか?
A. 個人差がありますが、毎日続ければ、3〜6ヶ月で股関節の柔軟性は大きく改善します。
焦らず、毎日少しずつ続けることが大切です。
Q5. 相撲の動作と、ヨガやピラティスとの違いは?
A. 相撲の動作は、「低重心での動的な動き」が特徴です。
ヨガやピラティスは、静的なポーズやコアの安定性に重点を置きますが、相撲の動作は、動きながらバランスと筋力を養います。
どちらも素晴らしいトレーニングですが、転倒予防という観点では、動的な動きを含む相撲の動作に優位性があります。
Q6. 体重が重いのですが、四股はできますか?
A. はい、できます。
むしろ、体重が重い方こそ、股関節と下半身の強化が重要です。
ただし、最初は壁に手をついて行うなど、安全に配慮してください。
Q7. すり足は、畳がないとできませんか?
A. いいえ、フローリングでも可能です。
滑りやすい床の場合は、靴下を履いて行うと良いでしょう。
逆に、滑りにくい床では、足を「すらせる」感覚を意識して行ってください。
Q8. 鉄砲は、柱がないとできませんか?
A. 壁や柱、安定した家具などで代用できます。
大切なのは、押す動作とすり足の連動性です。
柱がない場合は、壁を使って行いましょう。
Q9. 朝と夜、どちらに行うのが効果的ですか?
A. どちらでも効果はあります。
朝に行えば、1日の活動に向けて体を目覚めさせる効果が。
夜に行えば、筋肉の緊張をほぐし、血流を改善する効果が期待できます。
ご自身のライフスタイルに合わせて、続けやすい時間帯を選んでください。
Q10. 持病がある場合、注意することはありますか?
A. はい、あります。
特に以下の疾患をお持ちの方は、医師に相談してから始めてください。
- 変形性股関節症
- 変形性膝関節症
- 腰椎椎間板ヘルニア
- 脊柱管狭窄症
- 高血圧
- 心疾患
また、痛みや違和感が出た場合は、すぐに中止してください。
Q11. 四股を踏むと、ふらついてしまいます
A. 片足立ちに慣れていないと、最初はふらつくのが普通です。
壁や椅子に手をついて行うことから始めましょう。
慣れてきたら、徐々に支えを減らしていけば大丈夫です。
Q12. 相撲健康体操の動画はありますか?
A. 日本相撲協会の公式サイトで、相撲健康体操の動画が公開されています。
視覚的に確認したい方は、ぜひご覧ください。
Q13. 筋肉痛になった場合、続けてもいいですか?
A. 軽い筋肉痛なら、軽めの運動を続けても問題ありません。
ただし、強い筋肉痛の場合は、2〜3日休んで回復を待ちましょう。
筋肉は、休息中に強くなります(超回復)。
Q14. イチローも四股をやっていたと聞きましたが、本当ですか?
A. はい、本当です。
イチロー選手は現役時代、毎日のトレーニングとして四股を取り入れていました。
45歳まで第一線で活躍し続け、大きなケガもほとんどなかったのは、四股による身体づくりも一因と言われています。
Q15. 相撲の動作で、ダイエット効果はありますか?
A. はい、期待できます。
四股や腰割りは、体の中で大きな筋肉(大腿四頭筋・大殿筋)を鍛えるため、基礎代謝が向上します。
基礎代謝が上がると、普段の生活で消費するカロリーが増え、自然と痩せやすい体になります。
注意喚起
こんな症状があれば、すぐに医療機関へ
以下の症状がある場合は、自己判断せず、医療機関を受診してください。
危険信号(Red Flags)
- 運動中に強い痛みが出る
- 痛みが日に日に悪化する
- 足がしびれる
- 足に力が入らない
- 夜間の強い痛み
- 安静にしていても痛む
- 発熱を伴う痛み
- 体重減少を伴う
これらは、重篤な疾患の可能性があります。
早期発見・早期治療が重要です。
運動を控えるべき場合
以下の場合は、運動を控えてください。
- 急性期の痛み(ケガ直後)
- 発熱している
- 体調が悪い
- めまいがする
- 息切れが激しい
無理は禁物です。
免責事項
本記事の運動方法を実践する際は、ご自身の健康状態に合わせて無理のない範囲で行ってください。
持病のある方、運動制限のある方は、医師にご相談ください。
まとめ: 相撲が教えてくれた、理想的な身体の使い方
相撲の基本動作――四股、すり足、鉄砲、股割り――は、単なる伝統的な稽古ではありませんでした。
そこには、現代のスポーツ科学が解明しつつある「理想的な身体操作法」がすべて詰まっていたんです。
この記事のポイント
- 相撲の基本動作の本質 重心を下腹部に導き、体の中心軸を安定させる高度な工夫
- 四股の驚異的な効果 股関節・膝・足首の3関節を同時に動かす究極の複合運動
- すり足と鉄砲の連動性 上半身と下半身をバランスよく使う「運動連鎖」の訓練
- 股割りの柔軟性 ケガ予防と可動域拡大の科学
- 低重心移動の安定性 転倒予防に直結する身体操作能力
- 転倒予防・介護予防への応用 下半身筋力・バランス能力・柔軟性の総合的な向上
- 自宅でできる実践法 腰割り・簡易四股・壁すり足・股割りストレッチ・相撲スクワット
温故知新
「温故知新」という言葉があります。
古いものを大切にしながら、そこから新しい知識や見解を得ること。
相撲の基本動作は、何百年も前から行われてきた伝統的な稽古です。でも、現代の運動学・バイオメカニクスの視点で分析すると、驚くほど理にかなった、優れた身体トレーニング法だったんです。
科学的な知識がなくても、経験と工夫で「理想的な身体の使い方」を手に入れていた先人たち。
私たちは、科学の力を借りながら、その叡智を再評価し、現代の生活に活かすことができます。古い技術だからといって、すべてが時代遅れとは限りません。
私たちにできること
力士のように毎日何百回も四股を踏む必要はありません。
でも、週に数回、自宅で5分だけ、腰割りや簡易四股を実践するだけでも、確実に体は変わります。
- 股関節が柔らかくなる
- 下半身の筋力がつく
- バランス能力が向上する
- 転倒しにくい体になる
- 姿勢が良くなる
- 日常動作が楽になる
そして何より、自分の体と向き合う時間が、心の健康にもつながります。
新しい年に、新しい習慣を
2026年、新しい年が始まりました。
新年は、新しいことを始める絶好のタイミングです。今日から、相撲の基本動作を、あなたの日常に取り入れてみませんか?
相撲から学んだ「理想的な身体の使い方」を実践し、いつまでも元気に、自分らしく過ごせる体を手に入れましょう。一年後、「以前より動きやすくなった」「体が軽くなった」「階段が楽になった」と実感できるはずです。
温故知新。
相撲から学んだ「身体の使い方」を、今日から実践してみませんか?
📚 参考文献
- 日本相撲協会. 相撲健康体操. https://www.sumo.or.jp/IrohaKnowledge/sumo_kenko_taiso/
- 公益社団法人日本理学療法士協会. 理学療法ハンドブック シリーズ18 転倒予防. https://www.japanpt.or.jp/activity/asset/pdf/handbook18_whole_compressed.pdf
- 内閣府. 令和3年版高齢社会白書. 2021.
- 厚生労働省. 健康づくりのための身体活動基準2013. 2013.
- 湯浅景元. スポーツを科学する 白鵬、スローな四股が生んだボルト並みの速さ. 日本経済新聞. 2015.
- 小柳亮太. 四股や股割の動きを簡単アレンジ!元力士直伝の相撲エクササイズ. クロワッサンオンライン. 2025.
- 松田哲博(元・一ノ矢). 身体開発法の横綱「相撲トレ」腰の力の鍛錬!四股・腰割り・すり足・テッポウ. 月刊秘伝2022年6月号. 2022.
- 公益財団法人股関節研究振興財団. 新・股関節がよくわかる本Web版. https://www.kokansetu.or.jp/
本記事は、日本相撲協会の公式情報、理学療法士協会の転倒予防ハンドブック、厚生労働省の健康づくり基準、スポーツ科学の研究論文などに基づいて作成しています。相撲の動作については、運動学・バイオメカニクスの視点から分析していますが、力士の実際の稽古とは異なる点もあることをご了承ください。
免責事項
本記事の運動方法を実践する際は、ご自身の健康状態に合わせて無理のない範囲で行ってください。持病のある方、運動制限のある方は、医師にご相談ください。